むかし むかし 阿知須の井関川のほとりの 船渡橋という橋の下に、一ぴきのカッパがすんでおったそうな。いつも、ひとりぼっちで、友達もなく、遊ぶ相手もおらんじゃったって。おまけにとうちゃんも かあちゃんもおらず さびしうてならんじゃったって。
 ひるまは、川で泳いだり、魚をとってくったり、鴨や、あひると遊んで まあまあよかったけれど、晩になると、だあれもおらんことになるので 橋の下の草の上に ごろりとねころんで お月さんとお話しながら、ねついていたそうな。
 ところが この橋のすぐ近くに 五郎兵衛というお百姓さんが住んでおっての、まい日まい日馬を引いて この橋の上を いったり来たりしていたていや。
 朝通る時は 五郎兵衛も、馬も 元気がよくて おてんとう様の空を見て渡るが、夕方日ぐれに帰るころは、五郎兵衛も馬も、うなだれ、つかれているのか、下を向いて とぼとぼ帰る。とりわけ馬は くたびれたのか フーフーいいながら パツカー、パッカー、パッカーと石橋を ゆっくり渡っていっていたそうな。
 そこで 五郎兵衛は きまったように、ほとんど毎日、この川におりて、馬を洗ってやっている。
 今日も、田起こしがすんだのか、馬の背に 水をかけながら、
「よう 働いてくれたのう。えらかったろう。おまえのおかげで、あしたは田植えができる。ごくろうさん。」
 と言って、足を洗ってやったり、背を藁たばでこすってやったり、それは、それは 馬をかわいがったって。(あー馬はええのう。おれも馬に生れりゃよかったのに)とそれを見ている橋の下のカッパは この馬が うらやましゅうて ならんじゃったそうな。(一度でええから おれの背中を洗ってくれるもんが、いてくれたらどんなに えかろうがのう)と、ひとりがつぶやきながら 川の中へドボン。泳いで向う岸へ渡ったって。五郎兵衛は、橋の下のカッパが見ているとは知らず 馬を洗ってやると、自分も川で顔を洗い 手足の泥をおとして 家へ帰ったそうな。帰るとすぐ 五郎兵衛は一番に、馬小屋へ入り、まぐさをいっぱい食わせてやった。そして朝、刈っておいた やわらかい草と、米をついたあとのヌカと少し塩を入れて、よくまぜくり、大きな桶に入れてやる。水もたっぷり その横の大きいつぼに入れてやる。すると馬は、よろこんで 大口あけてモグモグ食べる。五郎兵衛は それを見るのが 何よりもたのしみじゃったって。
 さて 次の日のこと。橋の下で めをさましたカッパは、カタコトと 一番早く通る人の音にびっくり(はてな、だれかな。ありゃ 五郎兵衛だ。今朝は馬をつれてないぞ)よくみると、車力を引いて、元気よく渡っている。(あっそうだ 今日は田植えなんだ。馬の仕事はすんだんだ。そうすると、あの馬だけ馬小屋におるにちがいない シメシメ。
 カッパは さっそく橋の近くの五郎兵衛の小屋へいってみた。そっとのぞいてみると、だれもおらん、馬一匹だ。(よーし、いまのうちだ)と思ったカッパは やにわに、馬のくくってある たづなをほどき 馬を引っぱった。そして 馬を川のそばまでつれてくると いやがる馬を 水の中へぐいぐい引っぱりこもうとした。馬は (こりゃたいへんだ)と思ったのか ヒヒーッと前脚上げて大あばれ それでもカッパは ぐいぐい引っぱった。
 ちょうど その時、五郎兵衛は 鎌をとぐ砥石を忘れたので ちょっととりに帰ろうと思い この橋の上を通りかかった。ヒヒーン。ヒヒーン。馬の泣き声。(?あのいななきは、おれの馬の声だ こりゃたいへんだー)よく見れば 馬が水の中でバシャバシャしとる。その横でカッパが手づなを引っぱっている。
 「コラッ、カッパ 何しょるか おれの馬を何しょるか このバカタレーッ」
 と川の中ヘザブンと入って 馬のたづなを引きとった。カッパは五郎兵衛には かなわない
にげるが勝ち″と 川の底へ もぐって逃げた。
 五郎兵衛は 自分の家より大切な馬を ぶじにつれて帰ると
やれやれ。とんだことになりよった。あのカッパの奴、とっつかまえねば、またやるぞ″
 と思い、すぐ引き返して川まで走った。みると 馬とかくとうして疲れたのか 草の上にごろんと、ひっくりかえってねている。よし。今のうちだ と思った五郎兵衛は カッパを上からおさえつけ 縄でカッパの両手をしばりつけ 家へつれて帰った。そして馬小屋のわきの柿の下にくくりつけた。
 こうして 三日三晩 外にくくられたままのカッパは とうとう まいってしまった。
 五郎兵衛は四日目の朝、小屋をのぞくと、馬が ぐったりしていて、まぐさを食わない。
 こりゃ大へんだ。馬が びょう気になったわい。〃
 と大あわてして、ふと柿の木のカッパも頭のテッペンに水がなく 今にも死にそうになっている。カッパは ちいさい声で
 「五郎兵衛さん、おれが悪かった。ニ度とせんから こらえて 川へ入れてくれ。そのか
 わり 馬の病気 なおしてあげるから」
 と言った。五郎兵衛は、カッパが涙をポロポロ出しているので 少々かわいそうになり、
 「それ じゃ 二度と いたずらせんなら」
 とカッパをはなしてやった。すると、ふしぎ ふしぎ 馬も ピンと立ち上がった。五郎兵衛は よわっているカッパを 背に おんぶして川までつれてってやった。カッパはよろこんで 川の中へドボンと とびこんだ。
 次の日の朝 そこを通りかかった 五郎兵衛さんにカッパが言うたげな
 「五郎兵衛さん きのうは、すまんじゃった、ごめん。おれは これから南の遠方へ行く。二度と この川へはもどらん。三里むこうの隣りの池に 仲間がいるからそこへ行く。おれ ひとりぼっちで さびしかったんじゃよ。」
 「そうか、おわかれか。おれもひとりものだよ、さびしいのう。これから先 おれの馬や、このあたりの馬の生命を大事に まもってくれよな。」
 と言って別れたって。
 それから 何年もたって 五郎兵衛も馬も死んで しもうたが このあたりの百姓さんが この川のほとりに カッパと 馬の墓を並んですえ、通るたび、みなが拝んだったって。
・この牛・馬が びょう気に かかりませんように。チーン。
・ことしも 雨がいいぐあいに降って お米が とれますように。
 と、あげ(遠くの人)まで ここに お参りに来るようになったそうな。
 また 昔、この川のほとりで おぼれて死んだ子供がいた時、いつのまにか(盆が すぎて泳ぐとエンコ(カッパ)が足を引っぱるけん、泳いじゃいけんそ)
 と言い出したそうな、そしてこのカッパのそばに子供地蔵さんをまつり
 「子どもが、無事に大きくなりますように。」
 「子どもがほしい。ひとりめぐんでくだされ。」
 と子宝地蔵さんも ごいっしょになられたとのこと。
 今ごろは 毎月二十四日に 地蔵さんと カッパのおまつりが ここである。阿知須地区はもちろん、遠い小郡から 宇部から お参りされて 線香のけむりの絶えることはない。


阿知須 ふるさと今昔〜民話編〜(平成11年 阿知須教育委員会)から





カッパと お地蔵様